pappoのアロマテラピー
大切なパートナーにアロマテラピーを
誰かがやっているから家庭は回っていく

家事というのは、その気になればきっと膨大な作業がある、と思う。
毎日の作業そして季節ごとの作業、数え上げたらキリがないだろう。

その作業を誰かがやっているから家庭は滞りなく回っていってる。
そこには家族のために、という愛情がある。

でも、その愛情に甘えていてはダメなんだと思う。

僕はCOOK会で10年間、妻と共に買い出しやら、当日の食器洗いなども
やってきた。
そのせいか、家で食器を洗うことは割とやるようになった。だが晩御飯を作ったりなどは本当に
ごくたまにしかやらない。
気が向いた時だけ。あるいは、妻の帰りが遅くなる時だけ。そういう時でも外食で済ませてしまう
こともある。

気が向いた時にやるのは簡単だ。
なぜなら気が向いてるから。
大変なのは、気が向かない時でもやらなければならないことだ。

日々の作業は思っている以上に膨大で、料理、食器洗い、掃除、洗濯、風呂掃除、ゴミ捨て、
洗濯と一言で言っても、実は干して、畳んで、タンスに仕舞う。
料理と言っても、実は献立を決めて、材料を買って、そして作って、後片付け。
やることはつながっていく。

妻がやっている時に、側に行って、一緒にやろうと思うんだけど、やったりやらなかったり。
気が向いた時だけ+αぐらいな感じ。洗濯関係とゴミ捨てぐらいはマメにやるようになったかな。
でも掃除はダメだな。
料理はもっとダメ。

でも妻はいつもやっている。
やる気があろうが、なかろうが、家族の手伝いがあろうが、なかろうが、仕事で疲れていようがいまいが、
毎日やる。来る日も来る日もやる。そうしないと家庭が回っていかないから。

サッと立って、サッと動く。
なんでもサッとやる。

でもそのことに甘えていてはいけないと思う。
食べ終わった物を片付けて食器を洗って、「洗っといたよ」ってドヤ顔は相手を却ってイラつかせるかもしれない。
だってやるのが当たり前だもんね。
だって、自分ん家だろ。
自分もこの家で暮らしてんだろって話ですよ。

家事は生活そのもの。
生きていくのになくてはならない大切な仕事。
日々気持ちよく暮らしていくために続けていかなければならない仕事。

妻にも自分にも甘えていてはいけない。心の中で言い訳してる暇があればサッと動こうや自分と思おう。
本気モードでやらねば、と思う。
自分にやれることを、もっと増やしていこうと思う。
やればできる。そして日々の地道な積み重ねでスキルが上がり、その内、楽しくなっていくかもしれない。
一年後は違った自分と出会えるかもしれない。

日々の地道な積み重ねでしか、自分を変えることはできないと思う。
自分を変えたければ、やるしかない。
いつからやり始めるのか? それは今です。






失って初めて気づくことがある。だから・・・

One more time,One more chance

変な話ですが、時々変な妄想に囚われることがあります。
妻がある日、目の前からいなくなってしまう、そんな妄想です。

妻が先に逝ってしまうのか、妻が家を出て行ってしまうのか、
ともかくそんな妄想です。

そういう時に、胸がズキズキと痛み、胸に大きな欠落感と喪失感を抱きます。

別に喧嘩をした次の日とか、そういうことではなく、
ある日、突然、そんな思いに駆られてしまうのです。

理由はわかりません。
きっかけもわかりません。
ある日突然、この妄想が胸の中に飛び込んで来て、
しばらく居座っているのです。

だから、この歌の歌詞の中の
「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
向かいのホーム 路地裏の窓
こんなとこにいるはずもないのに」

という所を聴くと、なんともいえない気持ちになります。
妄想の通りになってしまい、ある日、突然、僕の目の前から
妻がいなくなってしまったら、僕はきっと、ずっと、妻のことを
捜し続けると思います。

こんな所にいるはずもないのにと考えながらも、それでも捜し続けるでしょう。

失って初めて気づくことがある。
だから、妻とのなにげない日々を大切にしたい。
妻が家族にかけてくれた思いやりに気づける自分でいたい。
妻の小さな変化を大事にしたい。
妻のなにげない言葉を大切にしたい。
そして妻と日々新しい何かを一つだけでもいいからやりたい。
散歩とか、ショッピングとか、映画とか、カフェでお茶とか、新しい髪形を試すとか、
珈琲豆を変えてみるとか、手のこんだ料理を一緒に作るとか、小さな庭で野菜を育ててみるとか、

それが妻を大事にするとか、日々を大切にするとか、そんなことになるのか、よくわからないけど、
でも、日常のごくありふれた中に、ささやかだけれど、妻と共に幸せを感じる瞬間があればいいかなって、そう思う。



久しぶりにラブソングを聴いて

先日、上の娘からバックナンバーというグループの存在を教えてもらいました。
最初のきっかけはたまたまラジオから流れてきた歌が気に入って、「この歌いいね、誰の歌だろ?」と娘に尋ねたことがきっかけでした。
娘も前々からこの歌が好きだったと言って、タイトルを教えてくれました。そのタイトルは「ハッピーエンド」。別れを切り出されて、それでも相手の男の人を想う優しさと、別れの哀しさを歌ったラブソングです。
当初はこの歌がとても気に入り、何度も何度もYouTubeで聴いていましたが、そのうちに関連動画にあった同じくバックナンバーの歌で「ヒロイン」というのを聴いてみました。
すると、この歌がとても好きになって、最近はよく聴いています。

この歌を聴いていると、なぜか妻のことを思い浮かべます。
特に歌詞の中にある
”雪が綺麗と笑うのは君が良い
でも寒いねって嬉しそうなのも
転びそうになって掴んだ手のその先で
ありがとうって楽しそうなのも
それも君がいい”

という所なんかを聴くと、実際にそういう場面を体験したわけでは
ないんですが、妻のことを思い浮かべます。
それと同時に、妻と出会ったばかりの頃を懐かしく思い出したりもするのです。

僕と妻は付き合っていた頃、離れて暮らしていたので、
”君の街に白い雪が降った時
君は誰に会いたくなるんだろう
雪が綺麗だねって誰に言いたくなるんだろう
僕は やっぱり僕は”

の所では、離れて暮らす寂しさと、会いたさ、そして心もとなさを
思い出します。

今は結婚し、夫婦になり、子どもも二人いて互いに親になり、生活という現実を抱えて、
日々奮闘し、そんな中で恋人から夫婦、そして日々生活を切り盛りする戦友へと形が変わっていっているのかも
しれません。
でも、今も自分の中に、あの出会ったばかりの頃の思いがちゃんとあることにささやかな喜びを感じます。

ラブソングはティーンズのためだけにあるのではなく、ひょっとしたら、僕らのような結婚し、
子どもが生まれ、日々の生活の中で、恋だとか、好きだとかいう気持ちを、忘れかけたような
大人のためにもあるのだと感じます。

いつまでも互いを思いやり、相手を裏切ることなく、信頼関係を紡ぎ、時にラブソングを聴いて、
心のどこかに妻に恋する気持ちをちゃんと持ち続けている。
これからもずっとそんな夫であれたらいいなと思います。

とても素敵な歌で、大好きなんです。
時にイライラして、優しさを失いかけた時に、この歌を聴くんです。
すると、妻に恋する気持ちがわき上がってきて、優しくしよう、優しくしなきゃ、優しい男でありたい、なんて
思い直したりするんです。

バックナンバーの皆さんに「ステキなラブソングをありがとう」と言いたい。
そしてこれからも、ステキなラブソングを世の中に贈り続けて欲しいと思っています。













プロフィール

pappo

Author:pappo
↑pappo&cook
講座やお仕事の依頼等のお問合わせは下記までお願いいいたします。
pappoaroma@gmail.com

☆AEAJアロマ環境協会認定アロマテラピーアドバイザー
☆環境カオリスタ
☆AEAJアロマ環境協会会員
☆JMAA日本メディカルアロマテラピー協会正会員


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